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障害者自立支援法の応益負担制度の中止を求める意見書案の提案理由 |
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「障害者自立支援法の応益負担制度の中止を求める意見書」について、発議者として提案理由を申し述べます。 応益負担制度の問題というのは、単に利用者の経済負担という問題だけでなく、障害をどうみるかという根本的な政策問題であります。 障害のある人達が利用する各種施策が「益」に当たるのでしょうか。障害の重い人々にとっては、食事や移動、排泄、コミュニケーションなどに関する人的な支援は不可欠のものです。しかし、こうした生命維持に係わる支援ですら「益」と考えるのが厚労省の考え方です。 元々障害というのは、@避けることができなかった、という不可避性 A知っていて障害を受けたわけではない、という不可知性 B元の状態に戻れない場合が多いという不可逆性 C誰にでも可能性はある、という普遍性、こうした特性をもつもので、だからこそ、個人の責任ではなく社会全体で保障していこうということになるのです。今回の応益負担制度は、たとえ1割の負担とはいえ、障害を個人のせい、または家族のせいにするというもので、いわゆる「障害の自己責任」という考え方に立脚するものです。 私がお話をうかがった、ある障害児をお持ちのお母さんは、子どもさんが小さいときに、お子さんの命を絶って、自分も死のうとしたそうです。そんな自分を責めながら、これまで県内をまわって自分のお子さんも含め、障害児の発達保障のための療育や教育、また生活のための場所づくりに力を尽くして来られました。県内で、障害児者の支援の環境が整っていく中で、やっと我が子を手に掛けようとした自分を許せるようになった、これで、自分が先に亡くなった後も、子どもは何とか生活していけるだろうとホッとしていたそうです。その矢先、障害者自立支援法が始まりました。この応益負担の考え方は、国から「あなたの子どもでしょう。あなたがこの子を生んだのでしょう。」と突きつけられたような気がして、目の前がまっくらになった、と涙ながらに語られました。 負担制度そのものを否定しているわけではありません。問題は、「応益」という考え方です。 応益負担の考え方は、単に障害者の分野にとどまらず、我が国における社会保障や社会福祉全体のあり方に少なからず影響を及ぼすと思われます。生活保護受給者より低所得にある障害のある人々の利用料負担は、他の制度の利用者負担増や施策水準の見直しの恰好の材料ともなり得ます。 そういう観点からも、応益負担制度は受け入れられるものではありません。よって、応益負担制度の中止を求める意見書を提案するものであります。よろしくお願いいたします。 |
| 意見書案の内容は以下の通りです |
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障害者自立支援法が、昨年10月から本格施行となった。 2月6日に厚生労働省が公表した調査結果で、全国47の都道府県の全障害者施設で、法の施行後、負担増を理由に1,625人がサービスの利用を中止していたことがわかった。 調査によると、施設利用者は、約22万人。そのうち、入所施設で598人、通所施設で1,027人が施設利用を中止している。利用を継続している人でも、負担増のために利用日数を減らした人は、利用者の4.75%にあたる4,114人にのぼっている。 居宅サービスについては、負担増を理由に利用を中止したのは849人、利用回数を減らしたのは2,099人となっている。 全国各地で広がった利用者の負担軽減と施設への支援を求める運動の中で、国において、今年度の補正予算と来年度、再来年度で法の円滑な施行のための特別対策が取られたことは大きな前進であると言える。 しかしながら、負担軽減がなされたとしても、収入は増えない中で、サービス量に応じた定率の負担では、障害が重い人ほど負担も重くなることになる。食事や排泄、移動などこうした生命維持にかかわる支えすら「益」としてとらえるのが応益負担制度の考え方である。そもそも障害に起因する不都合や不利益をたとえ1割とは言え、本人や家族のせいにしていいのかということが問われている。 よって、本県議会は、障害者自立支援法の応益負担制度を中止することを強く要求するものである。 |